彼からはメールが執拗にくるようになった。
まあ、粘着質の性格だとは思ってた。
敵にまわしたくないなぁ、喧嘩したら怖そうだな、とか。
でも、ここまでしつこいとは思わなんだ。
わたしは、PCをシャットダウンしながら、ため息をついた。
延々とこちらへの賛辞を述べられてもねえ…。
ダメなものはダメ。
早々に諦めてくれるのが、双方のため。
ことばに窮して、返事は出してない。
そんな彼もやっと理解できたようで、ある日突然やめてくれた。
最後の捨て台詞は、これだ。
一生呪ってやる。
これには、笑った。
ロンドンから帰国後、私は自由闊達に過ごしていた。
楽しく風変りな飲み友達、真面目な英語サークル、それにやりがいのある仕事。
そして写真家になる夢。
正直、自分がこれほど写真家に向いているとは思わなかった。
ロンドンで撮り漁った写真を見ては、思わず感嘆のため息が出る。
素晴らしい、素晴らしいポテンシャルだわ、わたし。
ほら、これなんて真冬のロンドンの凍てつく情景が美しい。
まるで、印象派の絵画のよう。
まあ、吹雪いて真っ白なだけとも言えなくもないけど。
でも、漂う静謐な空気感が素晴らしい。
その一方、当初はせせら笑った「彼の呪い」だ。
驚いたことに、その呪いはひょこっと現われた。
ワタシの優しい心の中に突然。
どんなに偽悪ぶっても、私は性根が優しい。
それに、人生のモットーは「人に迷惑をかけなければ、何をしてもいい」。
でも、こうして迷惑をかけてしまった。
今頃彼はどうしてるんだろう?あんなに思い詰めてあんなに長い時間を私なんかに割いて。
幼い頃にイヤと言うほど囁かれた母親の優しい声が脳裡に木霊する。
ほら、人の嫌がることをしちゃいけません。
礼儀正しくね、お願いね。
勉強?それは適当でいいの。
それより人の嫌がることをしちゃいけません。
分かってる、分かってるからお母さん。
彼の呪いと母の呪縛に二重に頭を抱え込む。
眠れない。
眠りに落ちるその瞬間、悪魔が来たりて安眠を妨げる。
手がピクリと痙攣を起こし、私は布団や床につっぷして呻く。
こうして私は一人の人間の貴重な時間を奪ってしまったのだ。