「待っとったで」。
スーパーの従業員出入り口で呼び止められた時は、ぎょっとして声も出なかった。
夕方のあがりだから、まだよかった。
遅番で真っ暗闇の中だったら、怖すぎて死んでる。
「出会い系かなんかかと疑っとったわ」。
茶髪に金髪のメッシュが光る、虎刈りヘア。
どう見ても堅気では、ない。
純金の野太いブレスが、薄闇に鈍い光を放つ。
「出会いはここやった訳や。
あんたは、バイトの大学生らしいな。
真面目な働き者やって妹から聞いとるで」。
そこはかとなく哀愁が漂う、ロック歌手のような渋くて低い声。
「あいつの何がよかったんかな?」。
駅へと急ぐ僕の肩を片手で抱き、彼は一緒に歩を進めてきた。
「妹をよろしく頼むで、兄ちゃん」。
耳元でささやくように、彼はつぶやいた。
僕の背中に稲妻のような寒気が走る。
冗談じゃない。
僕はまだ大学3回生なのだ。
子持ちのシングルマザー、しかも元ヤンキーにつかまってる場合じゃない。
お兄さんには大切な妹さんかもしれませんが、僕はまだ彼女とは男女の仲ですらないし、頼まれる筋はないんです!って、今こそはっきり言わねばならない。
「僕には、そのつもりはありません」。
声を張ったつもりが、蚊の泣くような声しか出ない。
「はっ?」お兄さんがオーバーに首をかしげる。
「僕にはそのつもりは、ないと言ったんです」。
今度は、周囲が振り返るほどの大声が出た。
道行くサラリーマンが足を止め、僕らふたりを怪訝そうに見つめる。
パンパンに膨らんだスーパーのレジ袋を提げたオバサンも、こちらを見ている。
あれは、家族につくる料理の食材だろうか?僕は奈良の実家が恋しくなった。
歯医者の息子なのに。
大事に育てられた跡取り息子なのに。
近所でも評判のいい子で育った、自慢の一人息子なのに。
あんっ?とお兄さんが腰に両手を当てて、立ち止まった。
戦闘開始だ。