冗談じゃ、ない。
メンズがネクタイにお金をかけなくってどうする?って話よ。
ファッションに無頓着なのも、ほどがあるわ。
珍しく、自分から「買い物につきあって」って言ってきた。
かねてから彼のセンスの無さは疑問だったから、ウェルカムだ。
でもデパートの店員さんに向かって「売り子さん、ちょっと」は、ないでしょうがっ。
まあ、メンズアクセサリー売り場だったから馴染みの店員さんはいなかったけど。
それに「ネクタイってこんなすんの。
高いなあ」って売り場で言うセリフなのかしら。
「今季はサボテンをイメージしたグリーンがメンズのイチオシなんですよ」。
ショップの人が、アドバイスをくれる。
ベテランっぽい店員さんだし、間違いはないだろう。
「メンズでもそうなんですか?レディースは来年ホワイトって言われてますよね。
でも鮮やかで深みのある緑色って、やっぱいい色ですよね」ってふたりで盛り上がる。
彼がなかなか決まらないから、売り場をぶらつく。
そうだ、彼へ何か贈ろうかな。
いつもいろいろ買ってもらってるし。
「インチ表示ですけど、これってセンチに換算するとどれくらい?」わたしは、レザーのベルトを片手に、傍にいた若い店員さんに聞いた。
すると、彼女は面倒くさそうに「だいたいMサイズです」と言った。
ああ、バイトちゃんか。
即答できないにしても、直ちに調べるとかって誠意もないのね。
ふと足元のフロアに目をやると、赤い糸くずが落ちている。
まったく最近の若い店員ときたら、売り場の掃除すらできないわけね。
わたしは苦々しい顔で、赤い糸くずを拾い上げた。
すると、彼が近寄って来てうきうきした顔で言った。
「万年筆が見たいんだよね。文房具売り場って何階かな?」ああ、そうきたか。